大阪家庭裁判所 昭和40年(家)4638号 審判 1968年1月17日
申立人 吉田光夫(仮名)
主文
本件申立を却下する。
理由
申立人は、被相続人亡峰岸ハツの遺産である、○○○市大字□□○○○○番地峰岸繁雄所有名義の別紙目録記載の不動産ならびに同被相続人所有の有体動産全部につき、相続財産管理人選任の審判を求め、その理由の要旨は次のとおりである。
一 申立人は亡峰岸ハツ(昭和二八年一一月一七日死亡)が死亡前の同年一一月七日作成した遺言書に基づく同人の全遺産の包括受遺者である。すなわち、申立人は亡峰岸ハツの亡夫峰岸章太郎の従兄弟の子で昭和二八年四月一三日被相続人と事実上の養子縁組をなし、同人の死亡当時まで同人と同居して世帯を一つにしていたところ、同人は同年一一月七日「繁雄がオユウサンとくんでどんなことを言ふても一切あきません。今更今までの仕うちをゆるしません。きめたとおり吉田光夫を私の相続人としますから、まんいちのときはたのみます。」との遺言書を作成し、申立人に同人の全遺産を包括遺贈した。
二 上記峰岸繁雄は被相続人の姉亡川上スミの子で、スミが被相続人の死亡前に死亡し、被相続人には直系卑属、直系尊属、配偶者がなかつたので、被相続人の兄弟姉妹およびその代襲相続人とともに被相続人の相続人となつたが、上記繁雄およびその他の被相続人の相続人らは、いずれも遺留分を有しないから、申立人は上記遺言により被相続人の全遺産(別紙目録記載の不動産を含む)を包括的に遺贈され、被相続人の死亡により、その所有権を取得した。ところが上記峰岸繁雄は甘言を用いて他の相続人らにその相続分を放棄せしめ、従来の居住家屋より被相続人の居住家屋に転住し、申立人を同家屋より立ち退かしめたうえ、昭和二九年二月一〇日相続不動産全部につき相続に因る所有権移転登記を了した。更に繁雄は同年五月一四日申立人を被告として大阪地方裁判所に遺言無効確認の訴を提起したので、申立人はこれに応訴するとともに、同年八月一五日相続財産の回復と引渡を求める反訴を提起した(同裁判所昭和二九年(ワ)第二五三四号同年(ワ)第四〇二六号遺言無効確認本訴、同反訴事件)。しかして、一〇年余係争の結果昭和四二年四月二五日同裁判所において、本訴、反訴とも申立人全部勝訴の判決が言渡され、上記不動産が申立人の所有であることが確認せられた。しかしながら、上記峰岸繁雄から同判決に対し控訴の申立がなされ、同控訴事件は現に大阪高等裁判所に係属中で、判決確定に至るまでにはなお長期間を要するものと想像される。なお、上記繁雄の上記訴の請求原因は(1)上記遺言書は偽造である。(2)仮に偽造でないとしても、被相続人は遺言当時遺言能力はなかつた、というにあるが、証拠によると遺言書は有効であるとの判断をなしうるものである。
三 以上のとおりで
(イ) 遺言による被相続人の全遺産の包括受遺者である申立人は民法第九九〇条により相続人と同一の権利義務を有するものであるから、民法第九一五条により所定の期間内に遺贈を承認するか放棄するかを決しなければならないところ、前記のように峰岸繁雄から遺言無効確認の訴を提起せられ、その判決が確定していない今日においては、申立人が包括受遺者となりうるか否か不確定であるといわねばならないため、民法第九一五条所定の三ヵ月の期間の起算時期が未だ到来せず、また、遺産中の積極財産を繁雄が全部占有しており、かつ相続開始後一三年を経過している現在、全部の積極財産を回復しうるか否か疑問であるから、申立人は本件包括遺贈の承認または放棄の意思を決定し難い状態にある。
しかるに、峰岸繁雄は、上記のように、遺産の中の不動産全部を自己の名義に登記し、その中の一部を他に売却したり、賃貸したりして遺産の価値を減少せしめ、不動産から生ずる法定果実を収得して費消し、当該不動産の賃借人が債権者不確定を理由に賃料を弁済供託せんとしても、妨害して供託せしめず、更に残余の不動産を他に売却するおそれがある。よつて民法第九一八条により、被相続人の遺産である別紙目録記載の不動産および全有体動産につき、相続財産管理人の選任を求める。
(ロ) 仮に(イ)の申立が理由がないとしても、被相続人は上記遺言により推定相続人たる峰岸繁雄を廃除したものと解すべきであるから、民法第八九五条の規定により、上記被相続人の遺産につき管理人の選任を求める。
(ハ) 更に、以上の申立がすべて理由がないとしても、申立人は上記遺言による全遺産の包括受遺者であり、相続人と同一の権利義務を有するにかかわらず、上記訴訟の未確定により未だ遺贈の承認または放棄をすることができず、従つて該訴訟の判決が確定するまでは申立人と峰岸繁雄はいずれも被相続人の僣称相続人であるといわねばならない。そして民法第九三六条はこのような不確定な相続人二人以上ある場合にも準用せらるべきであるから、同条第一項により上記被相続人の遺産につき管理人の選任を求める。
よつて審按するに、
1 先ず、本件調査の結果によると、次の事実が認められる。
被相続人峰岸ハツは、昭和二八年一一月一七日本籍地の○○○市(当時○○市)大字□□○○○○番地で死亡したが、その死亡前の同月七日にユイ言状と題して「繁雄がオユウサンとくんでどんなことを言ふても一切あきません。今更今までの仕うちをゆるしません。きめたとほり吉田光夫を私の相ぞく人としますからまんいちのときはたのみます。」との遺言をした。峰岸繁雄は被相続人の姉亡川上スミの長男で、被相続人には、その死亡当時直系卑属、直系尊属、配偶者ともになく、かつ、スミが被相続人の死亡前に死亡したので、その代襲相続人として、被相続人の兄弟姉妹および他の代襲相続人とともに被相続人の相続人となつたが、繁雄以外の相続人はすべて相続を放棄したので繁雄一人が相続人となつたとして、別紙目録記載の不動産につき相続登記を経由し、その一部を第三者に譲渡した。更に、繁雄は、申立人を被告として、大阪地方裁判所に遺言無効確認の訴を提起し(同庁昭和二九年(ワ)第二五三四号事件)、上記遺言が無効であることの確認ならびに別紙目録記載の不動産につきその所有権の確認を求め、申立人は、これに応訴するとともに、反訴を提起し(同庁昭和二九年(ワ)第四〇二六号事件)別紙目録記載の不動産が申立人の所有であることの確認を求め、かつ、同不動産につき繁雄の相続登記の抹消と明渡を求めた。かくて、同事件は同裁判所において審理せられた結果、昭和四二年四月二五日本訴反訴とも申立人全部勝訴の判決の言渡があつたが、該判決に対し峰岸繁雄より控訴の申立がなされ、同控訴事件は目下大阪高等裁判所に係属中である。
2 以上の事実によると、申立人は被相続人の上記遺言により、被相続人の全遺産の包括遺贈を受けたものと認められるところ、包括受遺者は民法第九九〇条により相続人と同一の権利義務を有するものであるから、包括遺贈の承認または放棄についても、民法第九一五条第一項により、自己のために包括遺贈のあつたことを知つたときから三ヵ月内に承認または放棄をしなければならず、包括受遺者が同期間内に承認または放棄をしなかつたとき、その他民法第九二一条第一号および第三号所定の行為をした場合には包括遺贈を承認したものとみなされるものと解すべきである。ところで本件において申立人は、上記のように、峰岸繁雄の遺言無効確認の訴に対し反訴を提起し、被相続人の遺産である別紙目録記載の不動産につき、所有権を主張し、該所有権に基づき峰岸繁雄名義の相続登記の抹消と明渡を請求しているのであるから、民法第九二一条第一号を準用して、申立人は反訴提起により包括遺贈を承認したものとみなされるに至つたものと解するのが相当である。けだし、申立人は上記反訴において遺産たる不動産につき所有権の確認を求め、かつ、繁雄名義の相続登記の抹消と明渡を求める以上、該不動産につき包括遺贈による確定的な所有権の取得を主張し、その所有権に基づく登記請求権および明渡請求権を行使しているのであるから、相続財産の処分と同様に、包括遺贈承認の意思を明確に表示したものといいうるからである。そうすると、本件においては申立人はすでに包括遺贈の承認をしているのである(繁雄も相続の単純承認をしていることは相続不動産につき自己名義に相続登記をなし、その一部を第三者に譲渡していることから明らかである。)から、民法第九一八条により相続財産管理人を選任すべき場合に該らないといわねばならない。
この点についての申立人の主張は採用できない。
3 次に、申立人は、前記遺言により被相続人は峰岸繁雄に対し推定相続人廃除の意思を表示したものである、と主張する。しかしながら、上記遺言は、その文言から考えると、単に申立人を被相続人の全遺産の包括受遺者と定めたものと認めるべきで、峰岸繁雄に対し相続人廃除の意思を表示したものとは認められない。(峰岸繁雄は遺留分を有しない相続人であるから、相続分を零に指定するか、全財産を処分することにより相続人から除外できるのであるから、相続人廃除の必要はない。)そうすると、上記遺言が峰岸繁雄に対する推定相続人廃除の意思表示であることを前提として、民法第八九五条に基づき、被相続人の遺産につき管理人の選任を求める申立人の主張は排斥を免れない。
4 更に、申立人は民法九三六条を根拠として被相続人の遺産につき管理人の選任を求めるところ、同条は相続人が数人あつて、その相続人全員が相続につき限定承認した場合において、家庭裁判所が相続財産の管理、保全のため相続人のうちから相続財産の管理人を選任しなければならないことを定めた規定であつて、本件の場合に適用ないし準用せらるべき余地のないことが明白であるから、申立人の同主張も採用できない。
5 以上の次第で、申立人の相続財産管理人の選任を求める本件申立はすべて理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 柴山利彦)